セリフより「目」を追い続けた106分|少女ヴァレリエの視線が忘れられない
『ブロークン・ヴォイス』を観ていて、わたしが何度も見てしまったのは、主人公の少女の目です。
何を考えているのか、はっきりとは分からない。セリフも全体的に低く抑えられていて、気持ちを言葉で説明する場面は多くありません。
それでも、指揮者を見る目、お姉さんを見る目、歌っているときの目が少しずつ変わっていく。
目が何を語っているのか、最後まですべてつかめたわけではありません。だからこそ、ずっと目で追ってしまう映画でした。
『ヨドガワウォッチ』で淀川区を担当している、浜崎鍼灸整骨院院長の浜崎 洋です。
今回は映画関係者の方からご案内をいただき、オンライン試写で『ブロークン・ヴォイス』を観ました。大阪では現在、テアトル梅田で上映されています。
十三で上映されている作品ではありません。ただ、十三には第七藝術劇場というミニシアターがあり、日々さまざまな映画が上映されています。淀川区の地域情報を軸にしながら、そこから少し足を延ばして出会える映画や文化についても、ときどき書いてみたいと思っています。十三の第七藝術劇場で観た映画のことは、映画『沼影市民プール』を観て考えた「居場所」の価値にも書きました。
※ここから作品の内容に一部触れます。
13歳の少女と「選ばれること」

舞台は1990年代初頭のチェコ。13歳のヴァレリエは、姉の後を追って名門少女合唱団に入り、世界的な舞台やアメリカ・ツアーを目指しています。
そんな彼女に目を留めるのが、合唱団を率いるカリスマ指揮者ヴィーテクです。
自分の歌を聴いてくれる。才能を認めてくれる。自分を理解してくれる。
少女にとって「特別に選ばれること」は、最初はうれしいことだったのだと思います。
映画は、そこから起きることを「この人は危険です」と最初から説明するようには描きません。
認められることへの喜びと、その中に少しずつ入り込んでくる違和感を、ヴァレリエの側から見せていきます。
本作は、プラハの名門少年少女合唱団「バンビーニ・ディ・プラーガ」をめぐる実際の事件に着想を得て作られた作品です。
『ブロークン・ヴォイス』予告編
予告編でも、ヴァレリエの視線や、合唱団の中に流れる独特の空気を感じることができます。
セリフよりも「目」を見ていた

この映画で特に印象に残ったのが、登場人物たちの目線です。
ヴァレリエを演じるカテジナ・ファルブロヴァーの表情は、とても抑えられています。
泣く、怒る、怖がるといった感情を大きく見せるのではなく、誰かを見ている目が少しずつ変わっていく。
指揮者のヴィーテクもそうです。誰を見るのか。どの少女に目を向けるのか。そして、見られた少女はどう反応するのか。
言葉で説明されない分、観ているこちらも表情や視線を追うことになります。
わたし自身、ヴァレリエの目が何を語っているのか、最後まですべて分かったわけではありません。でも、分からないからこそ見てしまいました。
白い息と湯気、寒さと温かさ
もう一つ、妙に残ったのが「温度」です。
外には雪があり、口から白い息が出る。風の中で何かが飛ばされていく寒々しい場面もありました。
一方、合宿所の中では靴を脱いで部屋履きに替える。シャワーがあり、サウナには湯気が立っています。
外の冷たい空気と、室内の温かさ。
ところが、温かい場所に入れば安心できるのかというと、そうでもありません。むしろ閉じた空間の中で、人間関係の危うさが少しずつ見えてきます。
寒さと温かさをこれほど意識しながら映画を観たのは、わたしには珍しいことでした。
自分を理解してくれる人への信頼
ヴィーテクは、ヴァレリエの歌を認めます。
自分を理解してくれる。自分を特別に見てくれる。
そこから憧れや信頼が生まれていくように見えました。
ところが映画が進むにつれて、その関係の見え方が変わっていきます。
わたしが特に印象に残ったのは、二人の関係が決定的に変わる場面の「前」と「後」でした。
そこに至るまでには情熱のようなものを感じるのに、その後のヴィーテクの態度は驚くほどあっさりしている。
その瞬間から、ヴァレリエの中で何かが一度に崩れたように、わたしには見えました。
先生への憧れなのか。信頼なのか。それとも歌うことへの情熱まで含まれていたのか。
映画は、その答えを説明してくれません。
姉と妹も、簡単には分からない
姉とヴァレリエの関係も独特です。
妹を心配しているようにも見える。嫉妬しているようにも見える。それでも、妹にとって姉は大きな存在に見えます。
ある場面では、一歩間違えば大変なことになっていたのでは、と思うほど危ういことも起きます。
それでも、姉が単純に妹を嫌っているとは思えない。
姉妹だけではありません。
合唱団の少女たち同士、ヴァレリエと指揮者、親と子。どの関係にも、簡単には言葉にできない距離があります。
誰かの気持ちを「こういうことだ」と決められないまま時間が進んでいく。小さな表情や行動を追い続ける、かなり集中力のいる106分でした。
彼女はこの先も歌うのだろうか
観終わってから、わたしが考えていたのは事件そのものだけではありませんでした。
ヴァレリエは、この先も歌うのだろうか。
もともと彼女は歌が好きだった。
歌うことで認められ、選ばれた。そして、その場所で自分を理解してくれると思った人に出会った。
その経験のあと、彼女にとって歌は何になるのだろう。
映画はその先まで教えてくれません。だから余計に考えてしまいます。
最後の合唱が静かに残った
そして最後に歌われる合唱。
大きな音や強い言葉で感情を揺さぶるような終わり方ではありません。
わたしには、その歌がとても悲しく聞こえました。
映画の中で起きたことを言葉で説明するのではなく、最後にもう一度「歌」が残る。
その静かな合唱が、わたしの気持ちを揺さぶりました。
『ブロークン・ヴォイス』は、実際の事件に着想を得た作品です。
ただ、わたしには「事件について知る映画」というだけには感じられませんでした。
自分を理解してくれる人への憧れ。認められることの喜び。その信頼が少しずつ違うものに変わっていくこと。そして、それを言葉にできない時間。
セリフで説明しすぎず、目や表情、行動、寒さと温かさ、そして歌で見せていく映画でした。
映画のほかにも、十三や淀川区の暮らしにまつわる地域情報を、ヨドガワウォッチのトップページから探せます。
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十三からなら梅田はそう遠くありません。少し重い作品ではありますが、観終わったあとにも何かが残る映画を観たい方には、こういう一本が大阪で上映されていることを知ってもらえたらと思います。
『ブロークン・ヴォイス』大阪上映情報
『ブロークン・ヴォイス』は、大阪ではテアトル梅田で上映されています。
- 作品名:『ブロークン・ヴォイス』
- 原題:Sbormistr
- 英題:Broken Voices
- 監督・脚本:オンドジェイ・プロヴァズニーク
- 出演:カテジナ・ファルブロヴァー、ユライ・ロイ、マヤ・キンテラほか
- 上映時間:106分
- 製作:2025年・チェコ
- 配給:クレプスキュール フィルム
- 大阪上映:テアトル梅田
2026年10月2日現在、テアトル梅田で上映中です。劇場公式では10月8日(木)で上映終了となる可能性があると案内されていますが、終映日は未定です。
上映時間や終了日は変更される場合があります。鑑賞前にテアトル梅田の公式サイトで最新情報をご確認ください。












