なぜ、あのご家族はあんなに明るいのか|映画『うそがほんとに ほんとがうそに』を観て
この記事は、作品の関係者の方から鑑賞用の映像をご提供いただき、ご依頼を受けて書いています。報酬はいただいておらず、内容についての指示もありません。感想は、観たままの私自身の言葉です。
映画『うそがほんとに ほんとがうそに』を観ました。観終わってしばらく経っても、重たい気持ちがそのまま残っています。
冤罪という言葉も、袴田事件や狭山事件のことも、ニュースで何度も耳にしてきました。知っているつもりでした。けれど、事件の経緯を知っていることと、その事件で人生を変えられた人たちの時間を知ることは、まったく別物でした。
いちばん驚いたのは、冤罪と闘ってきた本人だけでなく、それを支え続けた家族がとにかく明るく、力強かったことです。これだけのことがあって、どうしてあんなふうに笑えるのか。観ている間、何度もそう思いました。
十三・第七藝術劇場で上映されるドキュメンタリー
『うそがほんとに ほんとがうそに』は、金聖雄監督が長年取り組んできた冤罪シリーズの第5作です。描かれるのは、二つの事件と二つの家族です。
一つは、1966年の事件で死刑判決を受け、長い年月を経て2024年に再審で無罪が確定した袴田巖さんと、弟を支え続けた姉のひで子さん。もう一つは、1963年の狭山事件で無期懲役判決を受け、約31年7か月の服役後に仮釈放されてからも無実を訴え続けた石川一雄さんと、妻の早智子さんです。石川さんは再審が実現しないまま、2025年3月11日に亡くなりました。
映画は、事件や裁判の問題を伝えるだけではありません。二つの家族が歩んできた歳月と、その間にあった何気ない日常も映し出しています。2026年10月31日(土)からは、大阪市淀川区十三の第七藝術劇場でも上映されます。同じ劇場で9月に公開された映画については、映画『沼影市民プール』を観て考えた「居場所」の価値と、太田信吾監督へのインタビューでも書いています。
ひで子さんと早智子さんが、とにかく明るい
最初に心をつかまれたのは、袴田ひで子さんと石川早智子さんでした。大切な家族が罪に問われ、無実を訴え続けるうちに何十年も過ぎ、ご自身も年を重ねていく。簡単に想像できることではありません。それなのに、お二人は本当に明るいのです。大きな声で笑い、自分の思いは力強い言葉で語ります。
ひで子さんには何度も驚かされました。弟の巖さんが年月とともに老いていく姿が映る一方で、ひで子さんは背筋が伸びていて、自転車にも乗っておられる。あの年齢で、あれだけしっかり前を向いている。ただただ感心しました。
石川一雄さんが高齢になってもマイクを握り、差別や冤罪を訴える場面も印象に残っています。声に力があるんです。何十年訴えても諦めない姿を見て、自分にはとてもまねできないと思いました。
取り調べの音声を聞いて、背筋が寒くなりました
怖かったのは、取り調べの音声です。あの声を聞きながら、自分が同じ立場だったらと考えずにはいられませんでした。正直に言うと、わたしならひとたまりもないと思います。身に覚えのないことでも、あんなふうに追い詰められたら、最後まで否定し続ける自信がありません。
証拠の説明にも、何度も首をかしげました。時間のつじつまや、実際の状況との食い違い。当時の捜査や裁判のすべてを分かっているわけではありませんが、なぜもっと早く立ち止まれなかったのか、という疑問は消えませんでした。
人間、いったん決めたことを間違いだったと認めるのは難しいものです。振り上げた拳の下ろしどころがなくなる、とも言います。司法の問題を同じ話として片づけることはできませんが、相手が大きな組織や国になれば、引き返すのはもっと難しいのかもしれません。そう思うと怖くなりました。
「袴田事件」という呼び名のこと
映画を観ながら、もう一つ気になったことがあります。「袴田事件」という呼び方です。
無実を訴え続けた人の名前が、そのまま事件の呼び名になって世の中に広まっています。事件を区別するために、そう呼ばれてきた事情はあるのでしょう。それでも、本人や家族はどんな思いでその名前を聞いてきたのか。犯していない罪で自由を奪われ、自分の名前が事件と結びついたまま何十年も語られる。もし自分だったら、と考えると胸が痛みました。
【ここから先はネタバレを含みます】
映画で描かれる具体的な場面や登場人物の言葉について触れています。これから鑑賞する方はご注意ください。
ひで子さんの笑顔と「足るを知る」

ひで子さんの言葉で、いちばん心に残っている場面があります。弟の巖さんについて、そばにいてくれるだけでいい、という趣旨のことを語るところです。笑い声が大きくて、弟がそばにいることを心から喜んでいるのが伝わってきました。本当に素晴らしい笑顔でした。
ふと「足るを知る」という言葉が浮かびました。今あるものを大切にして、その中に幸せを見つける。ひで子さんは、それを実践している人なのかもしれません。
けれど同時に、やりきれない気持ちになりました。こんな事件さえなければ、弟がそばにいるという当たり前のことを、あれほど大きな幸せとして受け止めなくてもよかったはずです。働いたり、好きなことをしたり、家族と過ごしたり。そんな何気ない時間を、もっと自由に重ねられたかもしれません。どんな人生になっていたかは誰にも分かりませんが、もっと多くの喜びが、この姉弟にはあったと思うのです。
あの強さを素晴らしいと思う。でも、そこまで強くならなければならなかった現実が悲しい。「足るを知る」という言葉の美しさだけでは、片づけられないものがありました。
早智子さんを支えていたものは何だったのか

石川早智子さんを見ながら、ずっと考えていたことがあります。どうして、あれほど長い年月、夫のために頑張り続けられるのか。夫婦の愛情はもちろんあったと思います。でも、それだけでは説明できない力強さを感じました。
早智子さんは、被差別部落に生まれ、出自を隠しながら生きてこられた方です。映画の中で、ご自身の祖母のお葬式のことを語る場面があります。会社の人が来たら出自が知られてしまう。悲しみよりも、そのことが心配だった、と。
身内を見送る日にさえ、悲しむことより隠すことを考えなければならない。自分ではどうにもできない生まれのせいで、そんな思いをさせられてきたのです。その苦しさを知っているから、夫が無実を訴え続けることを、黙って見ていられなかったのではないか。自分が味わった悔しさが、夫の冤罪を晴らしたいという力につながっていたのではないか。わたしにはそう感じられました。
本当のところは、早智子さんご本人にしか分かりません。ただ、お二人は夫と妻という関係だけでなく、それぞれが味わった理不尽さを通して、共に闘ってきたのだと思います。そう考えると、早智子さんの明るさや力強さが、また違ったものに見えてきました。
「一雄さんに会いたい」という言葉
いつも笑顔の早智子さんが、感情を抑えきれずに泣いてしまう場面があります。選挙のときの話です。「私にしか投票用紙が来ません」。一緒になって27年にもなるのに、いつも自分にしか投票用紙が届かない。「人として扱ってくれてない気がする」と、涙ながらに語るのです。
普段があれだけ明るい人だからこそ、その涙は強く記憶に残りました。笑顔の奥に、こんな思いを抱えてこられたのかと、胸をつかまれました。
一雄さんは無期懲役の判決を受け、仮釈放の身でした。仮釈放は刑が終わったという意味ではありません。刑法第28条(e-Gov法令検索)が「仮に釈放することができる」と定めているとおり、あくまで仮に身柄が釈放されているだけで、刑の執行は続いている扱いです。仮釈放の仕組みは、法務省の「仮釈放・少年院からの仮退院等、生活環境の調整」のページで確認できます。一方、公職選挙法第11条(e-Gov法令検索)は、拘禁刑以上の刑(2025年6月の刑法改正前は禁錮以上の刑)に処せられ、その執行を終わるまでの人には選挙権を認めていません。仮釈放中の人は執行を終わっていないため、これに当たります。一雄さんは仮釈放の身のまま、長い年月、投票できない立場に置かれていたのです。
そして、一雄さんが亡くなったあとに「一雄さんに会いたい」と語ったときの表情。あまりに切なくて、見ているこちらの胸が詰まりました。
亡くなったあと、あらためて闘う決意を語る姿も心に残っています。以前よりずいぶん痩せられたように見えて、どれほどつらい時間を過ごされたのかと思いました。
一雄さんの心の内にも、思いを巡らせました。袴田さんの無罪判決が出たとき、一雄さんも喜びを分かち合っていました。仲間の無罪は、きっと大きな励みになったはずです。けれど、自分自身の再審はまだ実現していません。仲間を喜ぶ気持ちと、自分の闘いが前に進まない苦しさ。本当の気持ちは分かりませんが、その両方を抱えていたのかもしれないと思うと、胸が苦しくなりました。
誰かのために、あれほど頑張れる人たち

人は生まれ、育ち、自分の夢を持って、自分の人生を歩んでいくものだと思っていました。でも、この映画に登場する人たちは、人生の大きな部分を、誰かの無実を証明するために使ってこられました。ひで子さんは弟のために。早智子さんは夫と共に。多くの支援者の方も、長い年月を闘い続けてきました。
しかも、その人たちが実に明るくて力強い。誰かのために生きることが、そのまま自分の人生を生きることにもなっているのかもしれません。ただ、そもそも無実を証明するのにこれほどの年月が必要だったこと自体が、どうしても納得できません。人間の強さに感動しながら、その強さを必要とした現実に腹が立つ。観ている間、気持ちはずっとその間を行ったり来たりしていました。
エンドロールに並んだ名前
最後のエンドロールも忘れられません。冤罪をめぐる事件や、無実を訴えて闘ってきた人たちに関わる名前が、次々と流れていきます。こんなにあるのか、と驚きました。
袴田事件と狭山事件だけでも、これほど長く重たい歴史があります。同じように闘ってきた人たちは、ほかにもいるのです。その一人ひとりに家族がいて、暮らしがあります。ニュースで事件名を聞くだけでは、そこまで考えたことがありませんでした。
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観終わっても、あの二つの表情が離れません
ひで子さんの笑顔と、早智子さんの涙。観終わっても、この二つの表情が頭から離れません。
人はこれほど強くなれるのかと驚きました。でも同時に、これほど強くならなければならなかったことが悲しいのです。「足るを知る」という言葉が浮かびましたが、この人たちには、もっとたくさんの幸せがあってよかったはずです。
もし自分だったら。もし自分の家族だったら。観ている間も観終わってからも、そればかり考えていました。本当に、心に残る重たい映画でした。
映画『うそがほんとに ほんとがうそに』作品・上映情報
| 作品名 | うそがほんとに ほんとがうそに |
|---|---|
| 監督 | 金聖雄 |
| 出演 | 袴田ひで子、袴田巖、石川早智子、石川一雄 |
| 語り | 北村有起哉 |
| 製作 | 2026年/日本 |
| 上映時間 | 104分 |
| 製作・配給 | Kimoon Film |
| 大阪の上映館 | 第七藝術劇場(大阪市淀川区十三本町1-7-27 サンポードシティ6階) |
| 上映期間 | 2026年10月31日(土)~11月13日(金)予定 |
| 休映日 | 11月8日(日) |
舞台挨拶・トークイベント
- 10月31日(土)11時40分の回上映後:袴田ひで子さん、金聖雄監督
- 11月1日(日)11時40分の回上映後:鴨志田祐美さん(弁護士)、金聖雄監督
上映期間や舞台挨拶の内容は変更される場合があります。また、11月7日(土)以降の上映時間は、劇場の最新案内をご確認ください。
第七藝術劇場『うそがほんとに ほんとがうそに』上映案内(公式)
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