映画『3670』を観て|入り込めなかったわたしが、彼らの幸せを願うまで
映画を観ていて、物語そのものより先に、そこに描かれる愛情や性のあり方に驚かされることがあります。
『トーク・トゥ・ハー』『チョコレートドーナツ』『ブロークバック・マウンテン』『アデル、ブルーは熱い色』『リリーのすべて』。振り返ってみると、そんな映画を何本も観てきました。ヨドガワウォッチでも、『マイ・リトル・クイーンズ』の十三上映レビューや映画『ブロークン・ヴォイス』レビューなど、観た映画のことを書いてきました。
もちろん、描いているものはそれぞれ違います。同性愛を扱った作品もあれば、自分の性別と向き合う人の物語もあります。愛情と執着の境目を問いかける映画もありました。どれも内容そのものが心に残っているのですが、それとは別に、わたしはいつも少なからず驚かされてきました。
人を好きになること、自分の性をどう受け止めるかということ。そのあり方が、思っていた以上に多様で、複雑で、ときには切実なものだということに、驚かされてきたのです。
考えてみれば、驚くようなことではないのかもしれません。ただ、わたしがこれまで知らなかった、あるいは深く考えてこなかっただけなのでしょう。
今回観た韓国映画『3670』も、そんな一本でした。ただ、この映画は少し違いました。最初はなかなか物語に入り込めなかったのに、観ているうちに、いつの間にか登場人物たちのことが気になって仕方なくなっていました。不思議な映画でした。
北朝鮮から逃れてきた青年が探す、自分の居場所
『3670』は、北朝鮮から韓国へ逃れてきたゲイの青年チョルジュンを主人公にした映画です。
彼には脱北者としての仲間がいます。ただ、その仲間たちには、自分がゲイであることを打ち明けられません。一方、ソウルのゲイコミュニティに足を踏み入れると、そこにはそれまで知らなかった新しい世界が広がっていました。
人懐っこい青年ヨンジュンとの出会いをきっかけに、チョルジュンは少しずつ仲間を増やし、自分の居場所を探していきます。
監督はパク・ジュンホ。2025年製作、上映時間124分の韓国映画で、2026年10月17日(土)から十三のシアターセブンでも上映が案内されています。上映日程はシアターセブンの『3670』作品・上映案内で確認できます。
「居場所」というテーマでは、十三の第七藝術劇場で公開された映画を観て書いた映画『沼影市民プール』を観て考えた「居場所」の価値もあわせて読んでいただけるとうれしいで
す。

最初は、なかなか共感できなかった
正直に書いておきたいと思います。わたしは、こうした性や愛情を扱う映画に、最初からすっと入り込めるわけではありません。今回もそうでした。
映画を観ながら、登場人物たちを見ていると同時に、自分自身の反応を眺めているようなところがありました。なぜ自分はここで戸惑うのだろう。どうして、この人の気持ちがすぐには分からないのだろう。そんなことを考えながら観ていました。
ところが、物語が進むにつれて、その距離が少しずつ縮まっていきました。
わたし自身、周囲の人には意外だと言われるのですが、実はかなりの人見知りです。初めての場所や人の輪に入っていくのは、決して得意ではありません。かといって、人見知りであることが悪いことだとも思っていません。
だからでしょうか。チョルジュンが新しい人間関係の中で戸惑いながら、少しずつ自分の場所を見つけていく姿には、いつの間にか共感していました。
彼とわたしでは、生きてきた環境も抱えている問題もまったく違います。それでも、人と近づきたい気持ちと、簡単には近づけない気持ち。その両方を持っていることには、どこか通じるものを感じました。

「神様はいつまでも同じ神様なのか」
もう一つ、胸に残ったのが、神様についての言葉でした。
わたしの祖父は教会の牧師でした。そのため、神様を信じることや信仰についての話は、わたしにとって比較的なじみのあるものです。
映画の中で交わされる、神様はいつまでも同じ神様なのか、という趣旨の問いが心に残りました。
人生には良いときもあれば、悪いときもあります。昨日まで信じていたことが、今日も同じように信じられるとは限りません。自分の置かれた場所が変われば、同じ言葉でも違って聞こえることがあります。あの問いを聞きながら、信じるということは、そんなに単純なものではないのだろうと思いました。
そして、この映画に登場する人たちもまた、それぞれに何かを信じ、迷いながら生きているのだと感じました。
「醜いアヒルの子」の話に泣かされた
この映画で、わたしが最も心を動かされた場面の一つが、「醜いアヒルの子」の話でした。
チョルジュンは、韓国で出会い、楽しい時間を一緒に過ごしてきたヨンジュンに、自分にはあなたが必要だという気持ちを伝えます。ヨンジュンは、彼にとって新しい世界への入り口を開いてくれた、大切な友人でした。
ところがヨンジュンは、醜いアヒルの子のたとえを使って、チョルジュンを真剣に諭します。
最初に出会った相手を、特別な存在だと思うことがあります。けれど、これからもっと多くの人に出会い、もっと広い世界を知れば、見え方も変わっていきます。今は自分が先を歩いているように見えても、いつかチョルジュンの方が先を歩くようになるでしょう。そして、そのときには、自分のことをつまらない人間だと思うかもしれません。
そんな思いを伝える場面でした。
わたしには、ヨンジュンもチョルジュンのことが大好きなのだと思えました。だからこそ、切なかったです。
自分を必要としてくれる相手がいる。それはきっと、うれしいことでしょう。けれど、その相手がこれから成長して、もっと広い世界へ歩いていくことも分かっています。いつまでも自分だけを頼っていてほしいと思う気持ちが、少しはあったのかもしれません。それでも、相手の未来を思って、真剣に話す。相手のためでもあり、自分自身のためでもあったのでしょう。
あの場面には、そんな複雑な思いやりがあったように感じました。
ヨンジュンを演じたキム・ヒョンモクの演技も、とてもよかったです。言葉だけでは説明できない、親しさと寂しさが伝わってきました。
「あなたは幸せを探しに来たんだから」
もう一つ、忘れられない場面があります。映画の終盤、チョルジュンが自分のことを打ち明けようとしたときに、北朝鮮から来た友人がかけてくれた言葉です。その言葉が胸に刺さりました。
あなたが幸せなら、それでいい。
あなたは幸せを探しに来たんだから。
正確なセリフではないかもしれませんが、わたしにはそんな意味の言葉として残っています。しびれました。
この友人も、チョルジュンのすべてを理解しているわけではないのかもしれません。それでも、相手の幸せを願っています。人を大切に思うというのは、そういうことなのではないでしょうか。
相手の考え方や生き方を、何もかも理解できる必要はありません。自分とは違う道を歩いていくとしても、その人が幸せであってほしいと思います。それだけで、十分に深い愛情なのだと思いました。

人との関係は変わっても、過ごした時間は消えない
人間関係というのは、不思議なものです。
住む場所が変わる。仕事が変わる。所属する組織が変わる。それまで親しかった人との距離が、いつの間にか変わってしまうこともあります。そのときには、あんなに大切だった相手なのに、何年か経てば、ほとんど会わなくなっていることだってあります。
人の気持ちは変わります。それは寂しいことですが、必ずしも悪いことではないのだと思います。
『3670』の登場人物たちも、これから先、ずっと同じ関係でいられるとは限りません。けれど、だからといって、一緒に笑った時間や、誰かに助けてもらった記憶が消えるわけではありません。
あのとき出会えてよかった。あの人がいてくれたから、次の場所へ進めた。いつか、そんなふうに振り返る日が来るのかもしれません。わたしは、この映画を観終わって、そんなことを考えていました。
十三を中心に淀川区のあちこちで見聞きしたことは、淀川区の地域情報をまとめたヨドガワウォッチのほかの記事にも並べています。
哀しく、悲しく、それでも美しい映画だった
わたしには、好きな映画を考えるときの三つの基準があります。
一つ目は、やり過ぎないこと。二つ目は、弱い立場にいる人やモノたちへの優しい眼差しがあること。そして三つ目は、映画が終わったあと、登場人物たちのその後の人生を優しく想像できることです。
『3670』は、その三つがそろった映画でした。
最初はなかなか入り込めませんでした。自分には分からない世界があると感じながら観ていました。それなのに、気がつけばチョルジュンやヨンジュンの気持ちを考え、彼らのこれからの人生を思っていました。
これからも人に出会い、傷つくこともあるでしょう。大切だった人と離れることもあるかもしれません。それでも、彼らには幸せであってほしいです。映画が終わったあと、そんな気持ちが残りました。
哀しくて、切なくて、それでも美しい。『3670』は、わたしにとってそんな映画でした。
映画『3670』作品・上映情報
- 作品名:3670
- 監督・脚本・編集:パク・ジュンホ
- 出演:チョ・ユヒョン、キム・ヒョンモク、チョ・デヒ ほか
- 製作:2025年/韓国
- 上映時間:124分
- 配給:ショートレッグフィルム
- 十三での上映:2026年10月17日(土)から
- 上映館:シアターセブン(大阪市淀川区十三)
上映日程や料金は変更される場合があります。お出かけ前に劇場の公式案内をご確認ください。
作品写真提供:ショートレッグフィルム/© Orot Film












